「―――へっ???」
今まさに目の前で繰り広げられていたクラスメイトと母親の会話にまったく着いていけない綱吉は
門の前で固まったまま素っ頓狂な声を上げた。
「――あら、ツッくんもいたのね、おかえりなさい。おやつにするから早く着替えてらっしゃい」
あらいたのねとはあんまりな言い草だと思ったが、今そんなことは気にしていられない。
ハテナの浮かんだ頭のまま彼を見ると、「あなたの存在に今気が付きました。えっ?何の話ですか」
とでも言うような、まん丸な目をして綱吉を見ている。
「……えっ、これはどういう……」
互いに驚愕した様子で見つめ合う息子達に、普段は天然でちょっとずれている母の奈々が
めずらしく気を利かせて助け船を出した。
「――あら?ツッくんはお父さんから聞いてなかったのね?
獄寺くん、今日からウチで預かることになったのよ。お父さんの知り合いの息子さんなんですって。
今朝、お客さんが来るって話したでしょう?」
――良かったわね、ツッくんも兄弟欲しかったでしょう?きっと楽しいわよ。
と、奈々は無責任な発言を残して家の中へとさっさと引っ込んでしまった。
―――そして残されたのは同い年の男ふたり。
(…獄寺くんもびっくりしてるってことは、俺の事は何も聞かされてなかったってことだろうなぁ……)
……あとであんのクソ親父、一発殴る………。
心の中で怒りの炎を燃やしつつ、自分の両親が突拍子の無い行動をするのは今に始まったことじゃあないし、
なかば諦めの境地で、綱吉は固まってしまったままの獄寺を促した。
「………あの、ごめんね……?
獄寺くん何にも聞かされずにこっちに来たんでしょう…?
うちのバカ親父には後でよく言っておくから、………とりあえず、中入ろっか……?」
優しく背を押すと、察しの良い彼は「…ハイ」と小さく返事をして、騒がしい我が家へと足を踏み入れたのだった。
「ふたりとも手を洗ってうがいをしてらっしゃい」
靴を脱いで家に上がると、これまた時おり遊びに来るイーピンとランボがキッチンのテーブルに着いて
仲良くおやつを食べていた。
彼らもまた父の知り合いのところの子供たちだ。
「えっ、なに!? 父さんふたりも連れてきたの?」
「ええ。明後日までお預かりする予定なの。また遊んであげてね」
ふふふっと笑う母は子供が好きなのでとても楽しそうだが、子守りをさせられるこちらの身にもなってもらいたい。
本当にうちの両親には常識というものが無いのか……。
「それより母さん、獄寺くんの部屋どうすんのさ。一階の客間でいいんだよね?」
「……あら、ツッくんと一緒のお部屋じゃダメかしら?もう荷物も運んじゃったんだけれど」
「―――えぇっ!?俺の部屋〜〜っ!?それってあんまりじゃないの!?」
「だって、お父さんが持って帰ってきた荷物がたくさんあってね、客間もいっぱいになっちゃったのよ」
(………あんのクソ親父。いったい何を持って帰って来たんだ………)
こめかみの筋肉がピクピクと痙攣したけれど、……もうこれでは仕方ない。
彼をこれ以上玄関先で待たせる訳にはいかないだろう。
―――だって彼も被害者なのだから…。
「と、とりあえず、獄寺くん俺の部屋行こっか………。なんか、ホントにごめんね……」
申し訳なくなりながら階段をのぼって2階の自室に通すと、見慣れない段ボール箱が2つ、部屋に積まれていた。
「あ、あれ…?獄寺くん、荷物ってこれだけ?」
人がひとり引っ越してくるにしては少なすぎやしないだろうか?
「…あ、はい。…俺、向こうじゃすげー狭いアパルタメントに住んでましたし、必要以上のものは置いてなかったんで……」
そう言う彼の表情には思い過ごしじゃあ無いだろう、ほのかに暗い影が落ちていた。
(あ……、なんか聞いちゃいけない事だったのかも。………ってそれもだけど)
「……あの、なんで敬語なの?…さっきまで普通だったのに……」
玄関を入ったあたりから彼の言葉遣いがおかしい。
しかも表情まで、荒々しさが抜け落ちてしまっているように見える。
「――…俺の方こそ、先程まではすみませんでした。
あなたが家光さんの息子さんだとは知らずに失礼な態度ばかり取ってしまって……」
「えっ?―…いやいや、全然失礼じゃないよ。――友だちなんだもん。あんなもんでしょう?
…それにそんなの全然獄寺くんのせいじゃ無いし、どう考えても何も説明してないうちのバカ親父のせいだし……」
(考えるだけでイライラしてくる……)
つい癖で頬をプク〜と膨らませたら、彼はそれを見てまた目をまん丸くし、
クククッと小さく笑ってみせた。
(………あっ、こんな笑い方も出来るんだ……)
いたずらな子供みたいな笑い方。
肩肘張って無い、自然な表情。
(――…そっか、……なんか嬉しいな。
獄寺くんはどう思ってるか分かんないけど、またひとり友だちが増えたんだし……。
――俺、友だち少ないからなぁ……)
つられて頬の筋肉がゆるんでくる。
「――じゃあ、とりあえず着替えておやつ食べに行こっか…!
自慢じゃないけどウチの母さんの作るおやつ、けっこううまいんだよ」
ゆるく笑んだまま促せば、彼はきょとんとした表情から一転、視線をずらしてほのかに目元を染めた。
そのしぐさの示すところを、彼も綱吉もまだ気がついてはいない。
そんな彼に対して、(…獄寺くんって、ものすごく怖い人なのかなぁって最初思ったけど、意外と素直でかわいいひとなのかもなぁ……)
一階でおやつをパクつく子供たちを思い出して、ついついそれに彼を重ねた。
―――人は見かけによらない。
ひとつ勉強になった綱吉くんでした(笑)