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   パラレルごくつな。22歳の大学生話。獄寺くんが運送会社で働いてます^^

 ライン ライン

新しい年も明け、ピンク色のオーラ飛び交う聖バレンタインを間近に控えた2月の暮夜。

数ヶ月前にめでたく22歳の誕生日をむかえた大学4年生、就職活動真っただ中の沢田綱吉は、

凍えるような雪吹きすさぶ大通りを、ひたすら自宅目指して足を動かしていた。

「……ったく、なんなんだよ。電車がやっと動いたと思ったらバスもタクシーも1時間待ち…。

ちょっと雪が降ったくらいで、いくらなんでも影響されすぎだろ……!」

関東に住んでいれば、まぁまぁよくあること。

しかしこのあたりの人々は予想以上に雪に対して敏感で、面白いくらい扱い方が下手くそだ。

明日になれば、雪の中失敗してしまった人たちの話題で、一日中ニュース番組は賑わってしまうのだろう……。


履き慣れない革靴に冷たい雪が染み込んで、足が氷のように冷たかった。

ゆっくりと前へ踏み出してはいるものの、もうそんな感覚すら無い。

(…せめて傘買えばよかったかな…)

もう半分以上の距離は歩いてしまったし、あと10分もすれば自宅として現在住んでいる安いアパートにたどり着く。

そこは木造2階建ての、10畳ほどの部屋が8つ入った、小さなワンルームアパートだった。

大家さんの趣味なのか、少々小洒落た造りのそれは、10畳の真四角の大きさの部屋の中に、

ユニットバスと全体的に白で統一されたアンティークちっくな靴箱やクローゼット、お洒落な白い格子模様のサッシの付いた小さめの出窓、

深いこげ茶色のフローリングなどが、少しだけヨーロッパのアパルタメントを想わせた。

……まぁ、なんでそんなに可愛らしい造りなのかと言えば、ここが女性専用のアパートだからな訳なのだが…、

約4年前、不動産屋さんのお姉さんにこの家を紹介された時、

「ここ、おススメなんですよ!最寄駅から徒歩10分だし、閑静な住宅街で夜は静かで変質者のうわさも聞いたこと無いですし、

海も近いしとってもいいところなんですよ♪

それに、……まぁ、ひとつ難を挙げれば女性専用ってことなんですけれど、大家さんも沢田様ならきっと快くOKしてくださると思いますわ!」

と、おかしな会話の中で少々首を傾げつつも、

「とりあえず見に行ってみましょ!早い者勝ちですから」

と、半ばむりやり営業用の車に押し込められて、その可愛らしいアパートと、近所に住んでいらっしゃると言う大家さんを訪ねて

急きょご挨拶に行ってみれば、

「――あらまぁ、可愛らしい男の子ね。いいですよ、101号室使って頂いて。

おばさん、いつもひとりでお家にいるのよ。良かったら今度遊びにいらして」

と、品の良いマダムという感じの大家さんに何の問題も無く承諾されてしまい、あれよあれよと言ううちに

本人の意志とはほぼ関係無く住居が決まってしまったのだった。

――それから今に至るまで、家から10分の距離にある駅前のバス停でバスに乗り、そこから5分走ったところの

沿線違いの駅で電車に乗り大学に通っていた。

今思えば現役で一浪もせずに大学に入れたことが奇跡だったのだ。

(……それもあの黒ずくめの赤ん坊のお陰…、だよな、やっぱり……)

中学2年の春に突然やってきたあいつは、イタリアで大層な家業を継いでらっしゃるおじいちゃんの知り合いで、

物騒なブツを事あるごとに振りまわす、スゲエおっかない奴だった。

それでも、人並みまでとはいかないものの、やる気の無かった綱吉の成績を飛躍的にアップさせたし、

びしばし扱かれたお陰で、この細い身体のどこにそんな力が……という程の体力を身に着けさせることに成功した。

――…そう、彼は限りなく酷いスパルタという形で、綱吉に人並み、またはそれ以上の人生をプレゼントしてくれたのだった。


……しかし、その代償として要求されたモノ。それが問題だった。

それから綱吉は、イタリアに渡り祖父の家業を継ぐというひどく恐ろしい未来を、すでに9年間もうやむやにし続けている。

(…はぁぁ……、ホントなんで俺なんだろ……。

もっと向いてそうな人ならいっぱいいるはずなのに……)

しかしそれも、このままいけばあとひと月と少しで現実に、という所まで迫っていた。

『期限は大学4年の3月までだ。それまでに就職先が決まらなかったら…、そん時はわかってんだろうな?

――えぇ?ダメツナ』

思い出される4年前の悪夢のような記憶。

イタリアに渡ることを拒否し、日本の大学に通いたいと言った綱吉に、ぷにぷにの頬に青筋を立てた恐怖の家庭教師が持ち出した

最後の交換条件がこれだった。

(…あと1カ月半で就職先が決まらなかったら……、俺はあの恐ろしいマフィアの10代目に……)

考えただけでぶるりと身体が戦慄いた。

「………はぁ…、もう考えるのよそう…。明日の朝、片頭痛で起きれなかったら絶対ヤバいし……」

冷たい水でちゃぷちゃぷと音を立てる靴の中を気持ち悪いなと思いながら、

綱吉はやっとのことで辿り着いた我が家のドアに、鍵をおもむろに差し込んだ。


アパートの前を通る道路から縦長に伸びた建物は、101号室と201号室が一番手前で、

綱吉の部屋は1階の一番道路側に面している。

そのため窓に掛かったカーテンは開けられることが皆無に等しいが、洒落た白い木製の玄関ドアも

ベッドとテレビを置いたらいっぱいの小さな部屋も、綱吉には初めての、思い入れのある我が家だった。

「……あ、そうだ。今日三浦さん来るんだっけ」

三浦さんというのはこの辺りの地域を担当しているボンゴレ運輸のドライバーさんの名前だった。

緑色の上下に身を包んだ50代半ばのおじさんは、息子のような年齢の綱吉をとても可愛がってくれていて、

週に一度母から送られてくる米や総菜などの入った段ボール箱を届けるついでに、たわいのない、短い会話をして帰ってゆく。

そんな彼に、綱吉は毎回決まって缶コーヒーを一本、鍋で温め直して渡していた。

(これも母さんが送ってくれたものなんだけど……。

――…俺、どうせコーヒーって飲めないしな……、喜んでもらえるんなら、いいよね)

濡れた革靴と靴下を脱ぎ捨てて、雪でしんなりしてしまった髪をバスタオルで豪快に拭きつつ、

普段湯を沸かすのに使っているミルクパンに水と缶コーヒーを一本入れて火にかけた。

「…あぁ、風呂入りたい…。でも三浦さん、もう来るよな……」

置き時計に目をやると、時刻はすでに夜の9時になるところだった。

このあたりは配達の一番最後にあたる地域のようで、夜の一番遅い時間体で時間指定をしている綱吉の荷物は

だいたいいつも一番最後の配達になる。

(まぁそのおかげで三浦さんとも仲良くなれたんだけどね)

仕事終わりならば少しくらい立ち話をして行ったってお客さんの迷惑にはならないし安心だ。

まるで第2のお父さんの様な彼は、「お客さんからもらったからよ〜」と菓子や野菜を置いて行ってくれることもしばしばあった。

(きょうは一段と寒いから、ちょっと熱めにあたためとこう)

沸騰し出した鍋の火を弱火にして、なかなか暖まらない部屋の温度を『強』に切り替えた、――その時。

『ピンポーン』

ふいに目の前で、玄関のチャイムが鳴った。

10畳しかない狭い部屋に、チャイムの音はやたら大きく響く。

(こんな狭い部屋なんだから、もうちょっと音抑えてもいいようなモンなのに)

と悪態を付きつつ、「は〜い」と返事をしながらおもむろにドアを開けると、

「!」

(――…三浦さん、じゃない…)

そこには緑色の制服を気だるそうに着崩した、「まさに不良です」とでも言うような、

めずらしい銀髪と碧色の瞳をした青年が、綱吉を睨むようにして立っていたのである。

(…ヒ、ヒィっ…! 超コエ〜…)

重そうに荷物を持つその両手には複数の指輪とバングル。

(あれで殴られたら、絶対痛いだろうなぁ…)

ついついいじめられっ子気質の目線で彼を見てしまったことに、綱吉は少しだけ懺悔した。

(……別にまだ何かされたわけじゃないし……。

でも、こんな人には、俺みたいなのはきっと不快に映るんだろうなぁ……)

と、本能的に構えてしまった。


「――…沢田、綱吉さんのお宅ですか」

己の脳内思考の渦に飲み込まれそうになったその時、ふと、低い声がゆるく耳をついた。

「…は、はい」

思っていたよりもずっと丁寧な言葉を投げかけられたことびっくりしながら、

(……そっか、この人はいま仕事中なんだから…、あたり前だよね)

と、なるべく感情が表に出ないように、必死に作り笑いを浮かべ、綱吉は重たくひんやりと凍えるような包みを受け取り、サインした。

その包みはところどころに雪のシミがあって、まるで冷凍庫に入れられたあとのような冷たさがあった。

(…うわっ、冷たっ……。中身凍っちゃってたりして…)

そんなことを考えてるうちに、目の前の彼は「…失礼します」と顔を伏せたまま、さっさと踵を返そうとしたのだけれど、

それはめずらしく他人を引きとめようと動いた綱吉の手によって阻まれた。

―――…途端に、大きく見開かれる翡翠色。

その動きを琥珀色の瞳に映し込んで、思わず綱吉は固まった。

「……――!! ……えっ!?、あっ、すみませんっ……!

お、俺、何してんだろ……っ??」

我に返ったように、掴んでしまった腕から手を引いた。

(ただ、冷たそうだと思ったんだ)

――…勝手に身体が動いていた。

よくよく見れば、先程掴んだ腕から肩にかけて、彼の銀色の髪に至るまでがしっとりと重く濡れていた。

あれだけの雪が降る中で仕事をしていれば、それはあたり前のことなのだろうけれど、

綱吉にはそれがどうしても可哀そうに見えてしまって、気がついた時にはその腕に手を伸ばしていた。

「…えっ、あっ…、えぇと……、

――…あっ、そうだ…!ちょっと待っててくださいっ…!」

己の突飛な行動のおかげで、心なしか気まずい空気になってしまったこの場をどうにか回避するべく、

綱吉は先程温めていた缶コーヒーを新品のフェイスタオルに包むと、冷たそうな出で立ちの彼に差し出した。

「…ほ、本当は、いつも来てくれるおじさんに渡すつもりだったんですけど……、

あったかいんで、良かったらどうぞ……!」

半ば強引に彼の手に握らせる。

「…あたまっ、カゼ引いちゃいますから、拭いてくださいね。……こんな柄しか無くて、恥ずかしいんですけど……」

(もうっ、母さんたら、わざわざこんなの選ぶこと無いのに……!)

彼の手に収まったタオルの中では、無数の黄色いひよこさん達が元気よく主張していて、綱吉は思わず毒づいた。

「………はい、……いただきます」

そんな綱吉の胸中を知ってか知らずか、彼は小さく頭を下げると、帽子のつばで表情を隠したまま

あっという間に雪の中に消えて行ってしまったのである。



――…その背中を見送りながら、

(……絶対呆れられたよな………。22にもなる男がひよこ柄なんて……)

と、綱吉は一気に疲労感を覚えて、今宵の出来事をすべての記憶から抹消することを誓ったのだった。





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