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 アイコン あの日、夏の日。

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   超完全パラレルで、お狐様の獄寺くんが出てきます。

 ライン ライン

それから6日後の8月13日。

祭りの日がやってきた。

稲荷山ではこれから3日間に渡り、お盆の間じゅう華やかな夏祭りが催される。

綱吉もここ数日の間は祖母を手伝い、家や墓の掃除からお盆の飾り付けを手伝って来た。

座敷の奥の間にある仏壇の前には色とりどりの野菜や果物が置かれ、綱吉お手製のマッチ棒の足を取り付けた

茄子やキュウリの精霊馬が配された。

そのほかには個人の好きだった茶菓子や飲み物なども供えられている。

「ツナちゃん、これにお水を入れて廊下の上がり段に置いてきてちょうだい。

それとスリッパも忘れないでね」

「は〜い」

次第に暗くなり始め、やっと日を落とした夕刻の空は、藍と茜の階調がひとときの美しい時間を彩っていた。

居間で本を読んでいた綱吉はそれを小さく一瞥すると、わずかに表情を曇らせて祖母のいる台所へと向かった。

祖母から受け取ったのは直径30センチほどの小さめの桶で、綱吉はそれに満々と水を満たすと開け放たれたままの縁側に静かに置いた。

夏の終わりを予感させるような虫達の鳴き声と、風に乗って聞こえてくる祭囃子の音。

……いつかの夢で聞いたのとよく似た音色が耳に届いた。

頭の上では白い大きな提灯に炎が灯され、ほんのりとあかるく光を放っていた。

綱吉は水桶の脇に白い清潔なタオルを一枚置くと、祖母が新しく新調した可愛らしい桃の花模様のスリッパを

それと一緒に配置する。

これはこのあたりの風習で、家に帰ってきた故人の霊が手や足を清め家に上がって頂くためにと用意された、

簡易な手水舎と履物だった。

「さぁ、準備も出来ましたし、そろそろ迎え火に行かないとね」

綱吉が後ろをふり返ると、線香の束と新聞紙、それにマッチを持った祖母がにこりと微笑んでいた。

「――うん!」

綱吉は軽快に祖母に走り寄ると、それらの荷物を受け取ってふたり一緒に稲荷山への石段を上りだした。





「…一番上までのぼるのはちょっと骨が折れるわねぇ…。

ツナちゃん、このあたりでいいかしらね?」

いつもより、わずかに往来の激しい石段をちょうど上りきったあたりで、ふいに祖母が振り向いた。

境内の奥からは楽しそうな人々の声と祭囃子の音が聞こえてくる。

「迎え火が終わったら一休みしてお祭りに行きましょう。お隣の奥さんが車で上まで載せて行ってくれるそうだから」

「……ん、…うん」

本当はしばらく会えずじまいのハヤトのことが気になって仕方無かったのだけれど、

会う約束をしている訳でも無いし、綱吉は偶然にも彼が姿を現してくれるのを願うほか無い。

(お祭りに行ったら、ハヤトに会えるかな……)

彼らは人通りの少ない石段脇に寄ると、新聞紙を一枚取り出してそれにマッチで火を付けた。

新聞紙はあっという間に火に包まれ、くすんだ色の煙が空に舞う。

そして火が消えないうちにと、急ぎ線香の束へそれを移した。

はらりはらりと紙が黒い灰となって空へ舞ってゆく中、綱吉は火のついた線香を半分祖母に手渡すと、

その煙を風に溶け込ませながら、ゆっくりと階段を下りだした。

――…懐かしい香の香りが、綱吉の鼻孔をくすぐった。





昔、もう100年以上も前に遡る。

日本では神仏習合という考え方がはるか昔から根付き、神社の境内には神宮寺という寺が置かれていた。

今現在では神社と寺は別のものとされ区別されているが、この稲荷神社も同様、今現在は駐車場として利用されている区画に

以前は小さな寺が建っていた。

そしてその横に造られた小さな墓地。

現在は町の西側に寺と一緒に移動されてしまったけれど、いまでも人々はその頃の風習のままに

盆の時期になると稲荷山の階段をのぼり、その山頂で線香に火を付ける。

そして故人はその炎とたゆたう煙を目印に、懐かしの我が家へと帰ってゆくのであった。





「じゃあお茶にでもしましょうか。夕ご飯は屋台で買えばいいものね」

にっこりと微笑んだ祖母は短くなった線香を仏壇の線香立てへと移すと、熱い緑茶を淹れて綱吉へと差し出した。

「たのしみね。何年たってもお祭りの日はうきうきしちゃうわ」

しっとりと夜に沈んだ庭を眺める祖母の瞳は、心なしかきらきらと輝いて見える。

「ツナちゃんはお友達と約束はしてないの?前に仲良くなった子がいたって話してくれたじゃない?」

「………あ、うん、約束はしてないんだけど………、もしかしたら境内で会えるかも……」

湯気を上げる茶を少しだけ口にしながら、視線だけを祖母に向ける。

「まぁ、そうなの?あまり遅くならないように気を付けてくれれば、遊んできてもらっても構いませんよ?」

「………ほんと?」

「えぇ、おばあちゃんはお隣の奥さんとお稲荷様にお参りしたら、早めに帰って来るつもりだもの。

でもツナちゃんは、それじゃあつまらないでしょう?」

ふふふと微笑んだ祖母は、まるで子供のように楽しそう笑うと、少しだけ遠い目をした。

「おばあちゃんも昔はお父さんに叱られるくらい、お祭りの日は夜遅くまで遊んだものよ。

――…お盆くらいいいじゃない?年に一度だけのお祭りですもの」

そう言うと彼女はおもむろに小さながまくち財布を取り出して、綱吉の手のひらに握らせた。

「もう少しで並盛に帰らなくちゃいけないものね………。

引っ込み思案のツナちゃんに仲の良いお友達が出来たみたいで、おばあちゃんとっても嬉しかったわ。

お盆の間じゅうはこの町を満喫していってちょうだい」

三日月型にゆるんだ祖母の目には、あたたかな慈愛の色が浮かんでいた。

「―――……ありがとう、おばあちゃん……」

綱吉はツンと痛みを覚えた鼻を小さく鳴らすと、じわりとゆがんだ瞳を隠したくて、思わず視線をそらした。

「……そろそろ行きましょうか。

今日はとってもきれいな十三夜月よ。こんなきれいなお月さまの日にお祭りが出来て、

きっとお山のお狐様も喜んでらっしゃるわね」

そろそろと湯のみを片し表に出ると、空にははるかに満月に近くなった月が、空高くに星々と一緒に鎮座していた。

「十三夜月はね、満月の次にきれいなお月さまって言われているのよ。

昔の人たちは十三夜の夜にお月見の宴を開いたんですって」

「……へぇぇ」

しばらくふたりで明るい夜空を眺めていたけれど、家の前へ静かに車が滑り込んで来た気配に、

彼らは軽く視線を合わせると、にっこりと笑みを交わしながら、人々でにぎわう祭りの中へと出掛けて行った。





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