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 アイコン あの日、夏の日。

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   超完全パラレルで、お狐様の獄寺くんが出てきます。

 ライン ライン

その日の夜。

辺りの家々が寝静まった夜の11時すぎ。

綱吉は風呂上がりに着こんだ夏用のパジャマを私服に着替えて、こっそりと家を出た。

物音を立てないように玄関からではなく台所の勝手口を開ける。

たぶん気が付かれないだろうとは思ったけれど、一応布団の中に衣服を詰めたボストンバッグを入れてきた。

……安いカモフラージュだ。

裏庭から家の正面へと足音を忍ばせていると、

「こんな時間にお出かけですか―――?」

庭の松の木の下から小さな影が声を掛けてきた。

「えっ………?、もしかして、又吉………?」

恐る恐る問い掛けると、闇の中から黄色い目玉がらんらんとこちらを見上げていた。

「もう子供は寝る時刻でしょうに………。

だから言ったんですよ、狐と関わると面倒なことになるって」

その口調は少々咎めるような色を含んでいたが、綱吉を心配しての事だとすぐに分かった。

「……うん、ごめん……。

でも俺、ハヤトと約束しちゃったんだ…。なるべく早く帰ってくるから、おばあちゃんには内緒にしといてくれないかな……」

手を合わせて謝れば、猫は仕方なさそうに目を細め、

「……分かりました。朝、お天道様が顔を出すまでには帰ってきてくださいよ。

――洋子さんが目を覚ましちまいますからね」

そう言って、建物の影へと消えていったのだった。



小さな猫の背中を見送って門扉沿いに這わされた生け垣の表側にまわり込むと、

電柱の陰に耳と尻尾のついた人影が見えた。

しんしんと降り注ぐ月明かりに、影の中の大きな尻尾がふわりふわりと揺れている。

「――ハヤト、お待たせ…!」

何となく浮足立った気持ちのままに駆け寄ると、当の本人はなぜか少々不機嫌そうな様子で姿を現した。

「―――…綱吉、………いまのヤツ、もしかして猫又か………?」

やけに真剣な表情で見下ろされて、思わず心臓が跳ねた。

「…う、うん。そうだけど………。ハヤトも猫又とともだちなの…?」

「まさか…!! 猫又は狐嫌いで有名なんだよ。なんでアイツなんかと………!」

恐いくらいの形相で詰め寄られて、綱吉は思わず後ずる。

隼人の眼が鈍く光を放っていた。

しばらく無言のままで見つめ合っていたが、夜気に当たり落ち着いてきたのか

瞳から徐々に剣呑な光が消えていくと、綱吉はたまらず彼の手を取っていた。

「………ハヤト、…大丈夫…?」

恐る恐る声を掛ければ彼は一瞬目を見開いたが、すぐにくしゃっと顔を歪めて、綱吉を弱々しくかき抱いてきた。

「………悪い……。恐かったよな……?」

いつもの彼からは想像できない、覇気の無い、疲れたような声だった。

「ううん、そんなことないよ。全然、恐いなんて思わなかった」

頼りなげな声で囁かれて、綱吉は思わず身体を震わせる。

「おまえはいつもいろんなモノを引きつけるから…、俺は心配で仕方がないんだよ………」

不安そうなそのつぶやきに、綱吉は両手を広げてその背に腕を絡めた。

すると、背中にあった彼の手に強く力がこもって、綱吉は隼人が落ち着くまで、

人気の無い路地でしばらくそのまま抱きあっていた。



ぼんやりと月明かりに浮かんだ町を見下ろしながら、夜の風に乗って飛んでゆく。

いつもなら手をつなぐだけなのに、今日は隼人に抱き抱えられるようにして綱吉は宙に浮いていた。

「………ねぇ、ハヤト……? 俺、暗いの苦手って言ったけど、こんなんにしてもらわなくても大丈夫だよ………?」

本当は恐がりの俺を心配したんじゃなくて、不安定な隼人の心がそうさせているってすぐに分かったけれど、

恥ずかしまぎれにか細く問えば、「―――すぐ着くから」とひんやりした腕により強く抱きすくめられて、

綱吉は風に揺れる綺麗な横顔を少しせつなく想いながら、ただ、その人に甘えたのだった。



稲荷神社のふもとから『夜咲き桜』のある場所までは、

風に乗ってしまえばほんの4,5分という早さだった。

普通に歩けば30分以上はかかりそうな距離だ。


「―――よし、着いたぜ」

ふわりと地上に舞い降りると、昼間と同じように目の前に大きな桜の木が鎮座していた。

「…………ハヤト、これってもしかして、昼間に見たあの桜の木……?」

月明かりに浮かぶその姿は、どう見ても昼間に一緒に弁当を食べた、あの桜の木と同じものだった。

「――ん、そう、当たり。…ちょっと待ってろよ」

彼は綱吉をその場に残すと、桜の幹に片手を当て、何か唱えるように喋り出した。

(…………?)

――――すると、今まで静かに立っていたはずの桜の木が、風も無いのに枝を揺らし緑の葉を落としたかと思うと、

あっという間に桃色の可憐な花を一斉に咲かせたのだった。

「! ――…うわぁぁ〜〜! すごい、綺麗……!」

加えて桜の木を取り巻く空気まで、ぼんやりと発光して見える。

「スゲーだろ? この桜はちょっと特別な力のある木で、時々こうやって夜中に返り咲くんだよ。

今日は無理言って咲かせてもらったんだけどな…」

花びらの舞う景色の中に浮かぶ隼人の姿はとても幻想的で、綱吉は何故かとても懐かしい気分になった。

(………なんでだろう。こんなこと、昔にもあった…………?)

花びらを髪にくっつけたまま瞳を揺らす綱吉に、隼人はうすく笑みを浮かべてそれを取り払うと

柔らかな髪に指先を入れてゆっくりと梳き出した。

壊れ物をあつかうかのように……。

「――――またここでお前と会えるなんて……、本当に夢みたいだな………」

隼人の声はとても小さくて儚げだった。

綱吉がその意味するところが分からず首を傾げると、彼はフッと笑みを浮かべて綱吉の両頬に手を添える。

そしてゆっくりと顔を寄せ、小さな唇の際の際、そこに柔らかな証を添えた。

「今日はもうこれでおしまい…。

………もしお前が俺を思い出してくれたんなら、………きっとその時には本物の――を…………」

睦言を囁くように耳元に言葉を吹き込むと、静かに綱吉の手を取った。

綱吉は訳が分からず、真っ赤になって顔を伏せた。

「―――…あっ………」

胸元で何かが光ってる。

微かに震えを訴える指をぎこちなく動かして、ゆっくりとそれを取り出してみると、

それは初めて会った日にもらった、あの首飾りだった。

ほの白く発光したままの石を手に乗せれば、少々熱を含んで熱かった。

そして、気のせいかとも思ったのだけれど、それはなんと早い速度で脈打って、

生き物の心臓と同じように鼓動を刻んでいた、のだった――。

「―――…ハヤト、これ、なんか動いてる………」

目の前に恐る恐る差し出すと、彼はそれを大事そうに受け取って

そのつるりとした石の表面に小さく音を立ててキスをした。

(………あっ…、光が強くなった……)

「――――なぁ……、これ、何で光ってるか、わかるか………?」

彼は殊更ゆっくりと、とても幸せそうな表情を浮かべて綱吉に問い掛けた。

「? ……ううん、わかんない……」

赤い顔のまま困ったような顔をする綱吉を、隼人は愛おしそうに見つめて、

小さな綱吉の手を石を握ったままの自分の掌に重ねた。

「……これは俺の身体の一部だけど、今はお前のものだから、お前の心に同調してるんだ。

この鼓動も、お前の心臓とおなじように動いてる………」

そう言ってもう片方の掌を綱吉の胸に押しつけてきた。

「――――!!」

「……すげぇ、早いな……。あんまり早くて壊れちまうんじゃねーかって、ちょっと心配になるくらい……」

綱吉は今にも沸騰直前のやかんみたいな顔をして、自分を見下ろす少年をあっけにとられながら見つめた。

(………も、も、ものすごく、恥ずかしい……!

っていうか、恥ずかしいなんてモンじゃない。

これが俺の心に同調してる、だって…………?

じゃあ俺の気持ち、ハヤトに駄々洩れってことじゃないか……!!)


何なのコレ。何の羞恥プレイ……?

頭の中が熱くて、今にも倒れそうだ。


うぶな反応を示す綱吉に、隼人はもう一度頬にキスを贈ると、手に持っていた首飾りを綱吉の首にするりと掛け直した。

「もう一度お前とここに来れて嬉しかった。……このままだとお前、熱出して倒れそうだもんな。

今日は送ってくから、もう帰ろうか………」

ゆるく抱き締められて再びキスをされれば、綱吉の体温は更に上がった。

―――しかし、彼の言っていることは未だにチンプンカンプンで、

綱吉は隼人のくれる熱さに浮かされながら、いつも心の底にあって気づかないようにしていた恐怖を

熱に任せるようにして、思い切って口にしていた。

「……ねぇ……、なんでハヤトは俺にこんなことをするの………?

…俺、何にも覚えてない。ハヤトとここで会ったのって、本当にオレ……?

もしかして、違う人と勘違い、してるんじゃないの…………?」

すでに彼に惹かれ始めていた綱吉は、自分の発した言葉に心がざっくりと音を立て傷付くのを感じた。

しかし隼人は一瞬痛そうに顔を歪めたが、怯んでしまった腕に力を込め直すと、

「………そんなことは命掛けても絶対にありえない。

確かに名前も知らない子供との短い戯れ、だったかもしれないけどな……、

俺は絶対に間違えない。あれは絶対にお前だった」

と、燐とした声で言い切ったのだった。



記憶にない、彼との思い出……。

なぜ自分は忘れてしまったのか?

遠い昔、彼と自分の間に、いったい何があったのか―――?


そのまましばらく、ふたりは夜の闇の中に咲き続ける桜を身を寄せ合って見つめていた。

お互いに、愛しい相手のことを想いながら…………。





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