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 アイコン あの日、夏の日。

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   超完全パラレルで、お狐様の獄寺くんが出てきます。

   当初イメージで聞いていた曲をこちらに→ コンマ 『千年の独奏歌』栗プリンカバーコンマ
   KAITOの本家も素敵です*^^*

 ライン ライン

駅から続く坂道を、真夏の日差しを受けてじっとりとした汗を流しながら登って行く。

以前ここを訪れたのはもう5年上前だったから、もしかしたら道を覚えていないかもしれないと心配していたけれど、

ゆっくり景色を眺めながら歩いているうちに、身体は自然と目的の場所へ向かってゆく。

思っていたより記憶はしっかりしていたようだった。

―――しかし暑い。駅前の自販機で飲み物を買ってくるんだった。

これじゃあおばあちゃんちに着く前にバテそうだ…。

田舎の細い道は舗装があまりしっかりしてないし、少しでこぼこしていて、

やたらぐにゃぐにゃ曲がっていた。

右手に持ったおみやげの手提げが手のひらに食い込んで痛い。

(これ、ちょっと重いんだけど、母さん何持たせたんだろう……)

はぁぁ、と吐く息まで熱く湿っている。

熱射病になりそうだ。

……さっきから景色がかすかに揺れている。

ちょっと休憩しようかと近くを見渡すと、シャッターの開いていない商店が数十メートル先に見えた。

ちょうどベンチもあるし、と周りに人がいないのを確認して腰を下ろす。

ボストンバッグからタオルを取り出し、店の横に水道があったのでちょっと失敬してタオルを湿らせた。

それを首に巻きつけて体温を下げようと試みる。

(こんなにおばあちゃんちって遠かったかなぁ…。なんかもっと近かった気がしたんだけどな……)

幼かった綱吉はいつもこの坂道でバテて、父の背中に背負ってもらっていた。

だからあまり辛い記憶として残っていなかったのだろう。

もう一度タオルを冷やして目から額を覆った。

―――気持ちいい。少し意識がハッキリしたような気がする。

これでもう少し頑張れるだろうか…?



しばらくタオルで身体を冷やして休憩していると、急にそれが取り払われて

瞼に直接日が当たり、綱吉はビックリして跳ね起きた。

「――えっ!?何っ!?」

目を開けると目の前に誰かが立っていた。―――のだが、

しばらく目を瞑っていたのと強い日差しのせいで、しばらく目の前がぶれて相手が誰だか分からず

綱吉はとっさに目を細めた。

「……何してんだ?お前」

それはさっき初めて会ったにも関わらず、気安く声を掛けてきた、あの彼のものだった。

「へっ? ……………。ハヤト……、さん?」

取って付けたように「さん」を付け足した綱吉に、隼人はキュッと形の良い眉をひそめた。

(げっ、なんか俺ヘンなこと言っちゃったかな…?)

もともと不良っぽい人は得意じゃない。

それより何より自分は友達もいなくて、こういう時にどういった言葉を掛けていいのかもわからない。

無意識のうちに不安で瞳が揺れていた。

「……『さん』はいらねぇ。敬語もやめろよ。気持ちワリ―からな。

お前、洋子ちゃんちに行くんじゃねぇのかよ。こんなとこで道草か?」

(………いや、俺も道草食いたくて食ってるわけじゃないんだけど……。

この人すごいなぁ…。汗ひとつかいてない)

大量の汗をかいてぶっ倒れている自分とは大違いだ。

「えっと……、…ちょっと気分が悪くなっちゃって。少し休憩してたんだけど……。

おばあちゃんちには夕方までに着けばいいし、…急ぐ必要もなかったから」

そう言うと彼はちょっと目を見開いて、「…あぁ、そうか」とひとり納得したようだった。

「じゃあ俺が荷物持ってやるよ。そしたら少しはラクになんだろ?

気にすんな。俺の身体じゃ疲れるとかあんま無いからな」

彼はひとりごとのようにつぶやくと、綱吉の手から荷物をさっさと奪い取ってしまった。

「えっ?…あのっ……」

戸惑う綱吉を尻目に、荷物をひょいっと担ぐと、綱吉の右手を取って立たせる。

(―――!?)

そしてその手を握ったまま、すたすたと歩き出してしまった。

綱吉はその彼の行動に、大層困惑した。

この年になって誰かと手を繋いだ記憶なんて、はっきり言って無い。

しかも相手は男だし、この光景はちょっとおかしくないだろうか……?

(でも、………ハヤト、の手。なんだか冷たくて、すごく気持ちがいいなぁ……)

こんな真夏なのに、彼の手は汗ひとつかいておらず、心なしか少しひんやりとしているように感じた。

(不思議なひとだな)

こんな山奥の田舎に似つかわない容姿と言い、さっきの耳と尻尾のことと言い、この手の冷たさと言い、

自分とおなじ人間のようには見えない、と思う。

それでも、彼と一緒にいて驚くほど自分の心が凪いでいるのがこれまた不思議だった。

しかし少々ぼうっとする頭でぐだぐだとそんなことを考えていたら、いきなりハッと我に返った。

「―――あっ!尻尾っ!?」

さっき見たのと同じふわふわと揺れる影が、やっぱり先程と同じように彼の足もとで揺れていた。

が、一瞬でかき消えてしまう。

「ん?」と振り返った隼人と目が合ったが、特に動じた様子も無く飄々としている。

「あっ、いや、あれ?…えっ、でもっ……」

と、ひとり綱吉だけが空いてる方の手をぶんぶん振って動揺している。

背後では蝉がうるさくミンミン鳴いていた。

暑い日差しを受けた隼人の髪や肌が、キラキラして空気まで輝かせているみたいだった。

なんか夢見てるみたいだなぁ、なんて慌てている頭の隅で思った。

「―――――。なんだ、お前見えたのか?」

ちょっと現実から離れていた意識に隼人の声が響いて、綱吉の思考が戻って来る。

「別に隠すつもりは無かったけどな。―――まぁ、お前ならいいよ。

どうせ前に一回会っちまってるしな。俺もその方がラクでいいし…」

つまらなそうに話す彼の横顔を凝視して、綱吉はしばらく固まった。

(へっ?見えたって何のこと……?

何が、見えたって……?

―――もしかしてそれって尻尾のことォ〜〜……!!?)

「これって俺の見間違いじゃないのっ!!?」

綱吉の叫びが、びりびりと辺りの空気を震わせた。

「んだよ、いきなり!びっくりすんだろっ!?

ちゃんと聞こえってっから、もうちょっとボリューム落とせよな…!」

口もとに人差し指を当てられてびっくりした。

「へっ?あ、ご、ごめんっ…!」

思わず自分の口もとを手ひらで覆ったが、眉をひそめたようにして再び歩き出した彼の姿から目が離せない。

恐る恐る視線をそらして再び足もとを見ると、駅のホームで見た時と同じように

(耳、と、尻尾だよな、やっぱり……)という大変奇妙なものが影の中で揺れていた。

「別にそんなにビックリすることじゃねぇだろ?

この世には人間の理屈じゃ説明できないようなモンがうじゃうじゃいるんだぜ?

普通は見えない筈なんだけどな。時々お前みたいに見えちまう奴がいるんだよ」

そう彼は話すと、ちょっと立ち止まって辺りを見渡し、

「見てろよ」と自分の頭を指差した。

「うん」と綱吉が小さくうなずくと、彼の瞳がふわっと白く輝いて

その瞬間、頭の先にぴょこんと柔らかそうな銀色の耳が現れた。

「――――っ!!!」

しかしそれは一瞬でかき消えて、彼の瞳も、灰と碧を合わせた元の色合いに戻っている。

「………すごい……」

綱吉は大きく瞳を見開いたまま、隼人の顔を穴が開くんじゃないかと言う程見つめてしまった。

飴色の瞳が興奮して揺れている。

頬も真っ赤だ。

「………俺は、この山の神の御使いなんだよ。100匹いるきつねの中の一匹なんだ。

普段は人間に姿を見せることなんか、ほどんど無いんだぜ?」

隼人はちょっと得意そうに話しながら、少し照れくさそうに目元を染めた。

柔らかそうな耳といい、染まった目元といい、なんかちょっと可愛らしい、

と綱吉は神様の使いのお狐様に対して、ちょっと失礼なことを考える。

「俺さ……、お前のこと気にいったから、今度いいとこ連れてってやるよ」

ちょっと微笑んだ彼の瞳が三日月のように歪められた。

――優しく妖しい笑みだった。

隼人は少し強引に綱吉の手を引き直すと、また長い坂道を登り始めた。

彼らの後ろでは、大きな尻尾が嬉しそうにしきりに揺れていた。





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