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 アイコン あの日、夏の日。

 アイコン                      10   11   12   13   14   15   16   17   18   19   20   後日談  

   超完全パラレルで、お狐様の獄寺くんが出てきます。

 ライン ライン

お空の遥か高みで輝く月が、仲睦まじい彼らを優しく照らしていた。

「――……ねぇ、……これ、どうしようか……?」

いつものように、あの桜の木の根元に腰掛けたふたりは、身体と身体を無言で密着させて

先程狐から預かった、透明な石に視線を落とした。

「………ん、…まぁ、もう抜け殻なわけだし、捨てちまってもいいんだろうけど……」

「でもさ、大切にしなさいって言ってたじゃん…?あの人が……」

狐に対してあの人呼ばわりは多少可笑しい気もしたけれど、

(どうせ化けられるんでしょう?彼も、っていうか彼女…?……そもそも性別ってあるのかな?)

と、名前も知らない白狐を、綱吉は「あの人」という呼称で呼ぶことを決めた。

「ハヤトが預かってよ…。…これ、まだあったかいし。

……なんていうか、生きてるみたいに感じるんだもん。捨てられないよ……」

「………ん」

綱吉が手を差し出すと、彼はしぶしぶ、といった風にそれを受け取り、明るい月の光にかざして見せた。

「それにしてもよく出来てるよな〜……。

俺の作ったのと瓜ふたつ…。

あいつにはぜ〜んぶ筒抜けなんだろうなぁ……。ちっとうすら寒い気もするけど……」

「………? あいつって…? さっきのあの人のこと……?」

「…いんや、俺の一番の上司だよ。

――…カミサマ。さっきのあいつは一番の部下、ってとこだろ…?」

「…………へっ? ……神様って、あの、神様………?」

「――…んだよ、おまえ…。神気に当てられて頭でもおかしくなったのか……?

カミサマって言ったら神様に決まってんだろ?」

ポカーンと口を開けたまま放心状態の綱吉に、ハヤトは呆れたような視線を向けて

はぁっと大きくため息をついた。

「あいつがどんなこと考えてるかなんて、マジさっぱりだけどな。

……俺たちが逆らえるワケねーし…。

―――……まぁ、なるようにしかなんねぇってコトかな……」

ふぅぅ、と再度ため息をつきながら、手のひらで石を転がし遊ぶハヤトに、

綱吉は少し痛みのようなものを覚え、目を細める。

「……でもさ、記憶も返してもらえたし、あの人も言ってたじゃん…?

『きっと、良きようにしてくださる』って。

―――……俺さ、本当はもっとずっとこっちにいたいけど、もう少ししたら並盛に帰んなきゃいけないんだ…。

――でも…!帰ったら母さんに聞いてみる。こっちに転校出来ないかって。

もしダメでも、絶対冬にまた来るから……!

…そしたらハヤト…、俺のこと、また待っててくれる………?」

顔を俯かせたまま、小さく首を傾げた綱吉は、大きな目ばかりが目立って、年齢よりもずっと幼く感じさせた。

そしてその瞳に浮かぶ、ちいさな悲しみの色にえもいえぬ申し訳なさを感じて、小さな肩を抱きよせた。

「……俺がここから出ていければな……、ずっと側にいてやれるのに………」

「………ううん、大丈夫、わかってるから……。そこまでぜいたく言えないしね……!」

眉を下げて笑う幼い顔に、ハヤトは一瞬、痛そうに目を歪めたけれど、

すべてを吹っ切ったようなおだやかな表情をする綱吉に、

「………おまえには敵わねぇな……。

――……でも、俺はずっとお前と一緒だから……。それだけは忘れないでほしい」

「………ん」

優しい愛の言葉と、何百年越しとも言える初めての深い口付けを、その柔らかな唇にゆっくりと落としたのだった…―――。





……頭上では、仲睦まじいふたりの姿を、風に葉を揺らした桜の木が見下ろしていた。

かさかさと、まるで笑うような音を立てながら…………。









――…それから10日後。

綱吉はハヤトに見送られて、大切な夏と懐かしい日々を過ごした土地を後にした。

強がってみても、本当はハヤトの側を離れたくなくて、さよならの直前で思わず涙目になってしまったけれど、

冗談半分にハヤトにおもいきり深いキスをされて、違う意味で涙を浮かべた綱吉だった。

(……お陰で電車に乗り込んでからも動悸が止まらなくて、本当に困ったんだからな……!

ハヤトのバカ野郎……!)

それにしても、あのキスのうまさには脱帽した…。

(どこで練習したんだ……!って、練習なんかしてたらドン引きどころか絶交だけどな……!)

そんなことを思い出して、帰宅早々顔を赤くしたり蒼くしたりするようになった綱吉を、

「おばあちゃんちに行ってから、表情が豊かになったわねぇ」

なんて、天然ぎみの母親が可笑しな感想を洩らしたとか洩らさなかったとか………。



――そして9月に入り、いつものように学校へ通う日々が始まった。

転校の話は、「おばあちゃんにこれ以上迷惑かけれないでしょう?」の母の一声で却下されてしまったものの、

学習面や運動面はいつもどうりのダメダメっぷりだったけれど、本人も気付かぬうちに人見知りが著しく改善されていたようで、

綱吉の周りには、若干ではあるにしろ、段々と人が集まるようになってきた。



ひと月過ぎてはまたひと月……。

秋のもみじがすっかり散り、こがらしが吹き始めると、厳しい冬に季節は変わり、念願の冬休みがやってきた。

大切な休みを補習でつぶさないようにと、2学期は勉強も頑張ったから、ご褒美にと祖母の田舎へ帰省することが許され、

綱吉はおまけでついてきてしまった両親(めずらしいことに、今回は父親も一緒だ)と

長いローカル電車の旅を経て、やっとのことで祖母の家にやってきた。

そして時間を見つけてはいつものように、神社に出掛けてみたのだけれど、何度そこに足を運んでも、

桜の木の下でひと晩じゅう待ちぼうけをくらっても、……その冬、綱吉がハヤトに会うことは、ほんの一度も無かったのである…――。





――そしてそれから3カ月が経過しようとしていた、ある春の日のこと…―――。

冬の一件以来、あまりのショックの大きさに、日々を生きることにすら気力を無くしてしまった綱吉は、

なかば自暴自棄になりながら、しぶしぶといった体で、学校までの通学路を独りとぼとぼと歩いていた。

ここ数カ月での息子の豹変ぶりに、大したことでは動じない母もさすがに不安になったようで、

「学校休む?あんまり無理しなくてもいいのよ」と声を掛けてくれたけれど、家で一人になると余計に彼のことを思い出してしまって

やるせなくなるしと、無理やり身体を叱咤して家を出てきた。

――…しかし気持ちはついて行かずに、何を見ても、何を聞いても、綱吉の心は灰色に染まったまま、

あの夏のような、美しい色にあふれた世界には、到底戻れそうになかった。





――…しかし、それは唐突に訪れた。

毎日通い慣れた路を、顔をさげたまま歩いていた綱吉は、ちょうど川の上に掛かる大きな橋に差し掛かったところで

何と言う訳でもなく空を振り仰ぎ、通い慣れた通学路前方に視線を向けた。

春の空は少し灰色がかって、青空、というよりは、限りなく薄い水色、という表現が正しいような気がした。

(……まるで俺の心みたいに、うす〜い色の空……。

………ホラ、あの人の髪まで灰色だよ。……ついに俺の目、おかしくなったのかなぁ………?)

遠くに見えた小さな人影は、確かに空の色を写したみたいな、不思議な色彩を纏っていた。

(…………でもあんな人…、どっかで見たこと無かったっけ………?)

「…………。

――…って!えぇっ…!?」

はるか前方に見えた人影は、一瞬のうちに角を曲がり、あっという間に見えなくなった。

「…………ま、……まさか、ね……。

…だってアレ……、並中の制服だったし……。

そもそもハヤトが学校通うなんて、あるわけないし……」

――しかし次の瞬間、綱吉はその場から全力疾走していた。

(――…もしかしたら……、もしかしたら………!?)

バクバクとうるさい心臓の音を聞きながら、先程人影の消えた路地を目指す。

最近食欲もなくて、今朝も朝食を食べてこなかったから、少し走っただけでくらりとめまいを覚えた。

でもそんなことを言っていられる筈も無く、ただ一生懸命に足を動かしたのだけれど、

通りに辿り着いたときにはもう、その人影はどこにも無かった……――。



「おはよう」

「はよ〜!」

「なぁ、昨日の数学のプリントやってきた?」

「今日の体育バスケだって!マジマラソンとか、超勘弁だよな〜!」

朝の教室は各々のおしゃべりで賑やかで、綱吉はそんな中、全力疾走後の赤い顔のまま教室に足を踏み入れた。

「――あっ、ツナくん、おはよう。今日は早いんだね」

にっこりと微笑んであたたかな声を掛けてくれた可憐な少女に、綱吉は慌てて笑顔を返す。

「う、うん、今日も遅刻しそうだったから、ちょっと走って来たんだ…」

咄嗟に口から出た出まかせだったけれど、まさか「恋人と似た人を見つけて、思わず後を追い掛けました」なんて言えるはずもないし、

半分は本当だから、とりあえず良しとした。

「そうだったんだ!…じゃあ、朝から頑張ったツナくんに、私からのご褒美ね。

……本当はナイショって、花に言われてたんだけど………」

ご褒美という単語に、綱吉は思わず目の前の美少女に食い入ったまま、僅かに動揺してしまったけれど(健全な男の子なら誰でもあることだろう)、

「実はね、今日、サプライズがあるだって……!」

「………サプライズ……?」

「…?」っと頭の中がはてなマークだらけになる。

「うん! どんなことかはまだナイショなんだって。

でも先生が言ってたみたいだから、絶対本当だよ。

――…たのしみだよね、一体何があるのかなぁ…?」

瞳を輝かせながら嬉々として話す可憐な少女に、訳が分からず首を傾げながらも、

綱吉は先程見た光景に、期待を抱かずにはいられなかった。


――…しかしその日は至って何も無く、6限までもがいつも通りに過ぎようとしていた。

(普通転校生が来るっていったら、朝のHRで紹介があるだろうし………。

いやでもまさかだよね……。

ハヤトは稲荷山のお狐様なんだもん。並盛まで来れるはず無いし……)

ぼけっと考え事をしていたら、いつの間にか授業終了のチャイムが鳴っていて、綱吉は慌てて帰り支度をする羽目になった。


『キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン』

「―――…よし、帰りのHR始めるぞ〜!皆席につけー!」

チャイムと同時に担任が教室に滑り込んできて、何事も無かったかのように今日一日のまとめと、

明日の予定に関する説明がされた。

そしてもう挨拶を交わして帰るだけ……と、皆がざわつき始めた時、担任がいきなり教室前方のドアを勢いよく開けた。

「――…さぁ、入りなさい…!」

もう帰れるとすでにバッグを持って帰宅態勢に入っている者もいる中、その人は制服を無造作に着崩して、

長い前髪を手のひらで払いながら、やや面像くさそうに教室の中に足を踏み入れた。

「今日転校してきた―――君だ。本当は朝のHRで紹介する予定だったんだが、

引越しの片づけやらで忙しかったらしくてな。帰りになってしまったんだが………………」


綱吉の耳には、すでに何も聞こえていなかった…。

――…ただ、彼がわずかに動かした唇の動きと、まっすぐに向けられた熱い視線、

首に下げられた虹色の光を返す石に、愛しい人との待ち望んだ再会が、ようやく訪れたことを認識した。

――…そして、これから来るであろうふたりの日々に、ただただ熱く、瞳を潤ませた。





 『あの日、夏の日。』  Fin.





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