そのあとふたりは商店街の中の、人気の無い裏手の路地に着地すると、
程近くにあった店に入って、名物の水ようかんを仲良く一緒に食べた。
ひんやりと冷たく冷えた蕩けるような触感のそれは、隼人が美味いと勧めるだけあって、
とてもとても美味しかった。
しかしこんなに目立つ人と一緒にだというのに、店のおばさんやほかのお客さん達は
隼人の事をまるで気にしていないとでも言うような様子で、それがとても不思議だった。
ゆっくりおやつを楽しめたことは良かったけれど、彼女達の眼から隼人がどんなふうに映って見えているのか、
綱吉は始終気になって仕方が無かった。
――しかし当の本人と言えば、そんな訝しげな視線に気付いているだろうに
ニヤリと意味深な笑みを寄こしただけで、その後も嬉しそうに水ようかんにパクついていた……。
帰りもまた風に乗って、家に着いた頃にはすっかり夕方になっていた。
「―――じゃあ、また今度な。いつでも遊びに来いよ」
そう言って隼人は名残惜しそうに繋いだ手を離すと、綱吉の頭をくしゃっと撫でた。
「うん、俺もすごく楽しかった。今度は一緒に夕日見られるといいね」
二コリと笑いながら返せば、隼人は「あぁ」と小さく頷いて、綱吉の前髪を指先で軽く払い、
不意打ちとでも言うように、チュッとおでこに唇を押し当てた。
「へっ…?」
何が起きたのか分からずにポカンと固まってしまった綱吉に、
「じゃ、またな」
と軽く手を振って去ってゆく。
そしていつかと同じようにあっという間に風に消えて、またたく間に居なくなってしまったのだった。
(なんなんだよ、ハヤトのやつ………)
キスの衝撃から立ち直れずに顔を真っ赤に染めた綱吉は、しばらく動機が収まらず、
家の前を30分もうろつくハメになった。
「おかえりなさい。遅かったのね」
家に帰ると、おばあちゃんがちょうど夕飯の支度をしていた。
「……あ、うん。ちょっと仲良くなった子と遊んでたんだ」
そう言うとおばあちゃんは少しビックリしたような顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑顔になって、
「あら、まあ。ツナちゃんがお友達と遊んでたなんてめずらしいわね。
それなら今度、お家に連れていらっしゃいよ。おばあちゃんがおやつを作ってあげるわ」
何がいいかしらねぇと上機嫌でお味噌汁をかき混ぜ始める。
「……………」
(友達って、狐の友達でもいいのかなぁ………。
まぁ、ハヤトなら上手くやってくれそうだけど)
友達と遊んでいたと言っただけでこの反応……。
なんともとても申し訳ない気分の綱吉だった。
夕飯を食べ終えた後、「夕涼みをしよう」と縁側に向かうと、
今朝おばあちゃんからご飯をもらっていた、ずんぐりした茶虎の猫が身体を長く横たえて眠っていた。
――名前を『又吉』と言うらしい……。
良く寝ていそうだったので、邪魔をしないようにと静かに腰を下ろすと
部屋から持ってきたマンガ本を取り出し広げた。
ここに来るまではこんなに楽しいことがあるなんて思っていなかったから、
ほんの少しだけ、ゲームやマンガも持参して来ていたのだ。
――しかし今になってみれば、余計な荷物だったのかもしれない……。
(………それにしてもこの猫、よく人んちでこんなに爆睡出来るよなぁ……)
隣で眠る猫に視線を投げかける。
――本来、猫は家に懐くものだと聞いたことがある。
家が変わるとナーバスになったりするモノもいるらしいんだけれど、………野良猫には関係無いのかな?
(それともこいつが例外なだけか……)
本から視線を外してその顔をのぞき見ると、
そいつはおもむろに片目を開け、こちらに視線を送ってきた。
「――――!?」
綱吉はぎょっとした様子で目を見開く。
今朝といい今といい、この猫は自分の考えていることがわかるんだろうか……?
(読心術が使える猫……。まさかね)
あはははと空笑いを浮かべて本に視線を戻すと、自分以外には誰もいないはずの空間から
「あんたが分かりやす過ぎるんですよ」と少ししゃがれた声が聞こえてきた。
「―――!?……誰っ?」
きょろきょろと周辺を見回すも、それらしい人影は見当たらない。
(………あれ? 俺の聞き間違い………?)
すっきりしない気分で首を傾げたが、誰もいないのだから仕方がない。
(……なんか気味が悪いなぁ)なんて身を竦めていたら、誰もいない筈の空間から手がにょきっと生えてきて、
不意に左の肩をポンっと叩かれた。
「ぎゃっ…!!」
恐る恐るそちらを振り返ると、横に寝ていたはずの猫が行儀よくお座りをしてにっこりと綱吉を見上ていた。
そして口をおもむろに開け、「―――どうも」なんて、気安い言葉を発してくれたのである。
「…………、ええええぇ〜〜〜……!!?」
「ちょっと、洋子さんに聞こえちゃうじゃないですが。もうちょっと静かにしてくださいよ」
猫はシッとでも言うように、丸っこい手を口に当てている。
「ね、ね、ね、ねこが、猫がしゃべってる………!!?」
「―――あのね、綱吉さん。ちょっとびっくりしすぎじゃないですか?
化け狐とは仲良くおしゃべり出来るくせに、猫が喋ったらそんなにいけませんか」
はぁっと盛大に大きなため息をつかれた。
綱吉の慌てように、猫は少々気分を害したようだった。
………確かに、喋って変身して空まで飛べるお狐様と仲良くなったくらいなのだから
たとえ目の前で猫が喋り出したって、そんなに不思議なことじゃあないかもしれない。
(……でもまぁ、普通はびっくりするよね。
俺だってハヤトと仲良くなったのは昨日の今日だもん)
「ご、ごめん、………ごめんね? 俺ハヤト以外の人(?)と喋るのはじめてだったから、ちょっとびっくりしちゃって………」
素直に頭を下げて謝ると、目の前の猫は「分かってくださったんならいいんですよ」と、鷹揚な態度でひげを撫でてみせる。
(それより、喋る猫って言ったらやっぱりアレかな?…………でも尻尾はふつうだし…)
ふと疑問に浮かんだ事を、そのまま口に出してみる。
「ねぇ、……もしかして君は猫又ってやつ……?
……でも、俺が知ってるのとは、ちょっと姿が違うみたいなんだけど………」
前にマンガでそんなのを見たような気がする。
「――あれ、よくご存じでしたね。
私はもう80年も生きている、れっきとした猫又ですよ。
尻尾が1本だろうが2本だろうが、そんなの問題じゃあありません。
大切なのは、知識と知恵があって、誰よりも賢いってことなんです。
なんたって重ねてきた年季が違いますからね」
猫はひげをピインとのばして、得意そうに口を歪めた。
「へ、へぇぇぇ……、すごいんだね。猫又って」
ずいぶんとプライドも高そうだなと思ったけれど、口に出すのは止めておいた。
「―――それより綱吉さん、あんた、あんまり狐とつるみ過ぎない方がよろしいですよ」
「…へっ?なんで?」
「狐はね、とっても気分屋で人を振りまわすのが上手いんですよ。
あんたもあんまり関わり合うと、後で面倒なことになりますよ?」
そう言って、猫は意味深な顔でこちらをニヤニヤと見ている。
(……………?)
「下手に取り入られて、いいように使われても知りませんよ、って言ってるんです」
その含みのある言い方に、綱吉は先程までの隼人とのやりとりを思い出した。
(………もしかして、もしかして、………さっきの見られてた〜〜!!?)
一気に熱が頭まで上がる。
「ふふふふ、図星でしたね。
―――まぁ、狐と付き合うのがいけないって言ってるわけじゃないんです。
ただ、あなたは日頃お世話になってる洋子さんの孫ですからね。
こんなところまで来て厄介事に巻き込まれて欲しくないなぁと、不憫に思っただけですよ」
それだけ言うと、もう綱吉に用は無いとでも言うように、猫は背中を向けて毛づくろいを始めてしまった。
そんな小さな後ろ姿を、(狐も猫又も、意外とおせっかいで優しいんだなぁ……)
なんて、綱吉は赤い顔に苦笑を浮かべたまま眺めていた。