それから数時間後。
彼らはもうお決まりとなってしまっているあの桜の木の下で、出店で買い漁ったわたあめやイカ焼きなどの
その他もろもろを、仲良くパクついていた。
「あっ、ハヤトっ!この広島焼きおいしいよ!ハヤトも食べる?」
そう言って温かな包みを差し出した綱吉の頭には、ちょっと不気味とも言える白い面が乗っていて、
それに胡散臭げな視線を送りつつも、ハヤトは湯気を立てるその食べ物をそっと口にした。
「ん、……………。うまいな、確かに」
「でしょ?」
「まぁ、欲を言えば麺より肉の方が俺は好きだけどな」
「………ここから麺抜いたら広島焼きじゃなくなっちゃうじゃん…!」
「ん、まぁな。でもうまかったよ。サンキュ」
不意打ちのように頬にキスを送れば、そこを手で押さえた綱吉の顔が、茹でダコ同様に赤くなる。
「………ねぇ…、なんか今日、いつもよりスキンシップ激しくない……?」
「? 別にそんなことねーだろ?いつもしてんじゃん」
「――…!!」
「ぷははっ!おまえホントわかりやすいよなぁ……。
ホラ、いいから食えよ。冷めるぞ」
「…………うん」
納得がいかないと言うように眉を寄せつつ食事を再開した綱吉を横目にしながら、
ハヤトは遥か眼下に見渡す、いつもより僅かに明るく騒がしい町の様子を、
微かに哀愁を帯びた瞳で見下ろした。
―――……こうやってふたり並んで座っていたのは、一体どれほど昔のことだっただろう……。
数千年を軽く生きる自分達にとっては、わずか数百年前のことなど一時の眠りの様なもの…。
しかし、ひとりいつ来るかもわからない時を待ち続けた時間は、短く軽いものでは無かった。
いくら約束とは言え、それが必ず果たされる保証など、どこにも無かったのだから………。
「―――…ハヤト……?どうしたの…?」
いつの間にか、不安そうに揺れる綱吉の瞳が目の前に迫っていて、
ハヤトは僅かに目を見張った。
「……ん…、何でもない。…悪かったな、心配かけて」
くすりと笑みをこぼして返したが、目の前の表情はまるで納得がいっていないという様子で、
こちらを覗き込んだままだった。
「……ホントに何でもねーよ。俺は至って元気だし、おまえが気に病むことなんか、なんもねーんだから。
――ホラ、そんな顔すんなよな」
やわらかい頬を両手で軽くつまんでやれば、小さな桜貝のような口から「…いひゃい」と
わずかに小言が漏れた。
――それに思わず頬がゆるむ。
――……あたたかい、人のぬくもり……。
あの時感じたものと、いくらも変わらない、愛しい熱。
ハヤトは綱吉の頬を両手で包み込むと、唇の際に小さなキスを落とした。
「…………ねぇ、…ハヤト?」
「…うん?」
「……あ、あのさ………」
「ん」
「………っ、……ぅう」
「?」
「――……あーもうっ!………だ、だからさ…!
「ん」
「なんでしないの……!?」
「……へ?」
「だ、だから………! ………キス…、なんで口にはしてくれないの……!??」
「…………は?」
いい感じのムードがガラリと崩れ去って、ぽかんと口を開いたまま固まってしまったハヤトに、
余りの恥ずかしさに泣きそうな顔を向け、まるで食べごろ果実のように真っ赤に染まった綱吉は、
至って真剣な様子で詰め寄った。
「……ハヤト、は、さ…、俺に優しくしてくれたり、……そ、その、…ちゅーしてくれたりするけど……、
肝心なことは何にも教えてくんないし、………俺はハヤトと違って、ごく普通の人間だし……。
…それに俺、あとちょっとで並盛に帰んなきゃいけないんだよ……?
俺はずっとハヤトと一緒にいたけど……、ハヤトは本当はどう思ってるの………?」
ぷるぷると奮えながら心の内を明かした綱吉に、ハヤトはいけないと思いつつも
あたたかな想いに満たされる自分自身を感じていた。
――そしておもむろに腕を伸ばし、綱吉の身体をなかば引きずるようにして引きよせると、
自分の股の間にその身体を後ろ抱きにするようにして包み込んだ。
――…肩先に、甘えるように顔をうずめる。
「――……俺もさ、おまえとずっと一緒にいたいよ……。
……いや、ずっと側にいる…。
でもそれにはまだ、足んねーモンがあるんだよ…。
………だからもう少しだけ、待ってくんねーか……?
……俺とおまえが、これからずっと一緒にいるために……」
ぎゅっと強く抱きしめられて、綱吉は心の中で渦巻いていた不安が、
少しずつ収まってゆくのを感じた。
そしてぽそりと、小さなつぶやきを漏らす。
「……じゃあさ…、ひとつだけおしえてよ」
「――…ん?」
「どうしてハヤトは俺をここに連れてくるの…?
――…何か意味があるんでしょう…?この場所に……」
桜の木が風にたなびいて、緑の葉をざわざわと揺らした。
綱吉は拘束された身体の代わりに、瞳だけをちらりとハヤトに向けると、ゆっくりとまばたきを繰り返した。
「………ん、じゃあ…、すこしだけな……」
綱吉の視線を絡めとった灰緑の双眸が、一瞬だけ淡い光を放った。
「――……もうずっと昔。
……そうだな。 人が生まれてから死ぬまでを、5回くらいくり返した、それくらい昔にさ……」
琥珀の瞳が、ざぁぁと流れる風と共に、淡い色の花びらをとらえた気がした。
「―――…約束したんだ」
「………約束…?」
「…ん」
「…どんな?」
「―――…。……再会の約束」
「…………誰と?」
「おまえと」
「………俺?」
「そう」
「………でも俺、そんなの覚えてない…」
「……いや、おまえは覚えてるよ。
――…だってさ、10年前、突然俺の前に現れた子供は、『ハヤトに会うために生まれてきたんだよ』って、俺にハッキリ言ったんだぜ?
…あん時はマジで腰抜かすかと思ったよなぁ……」
「…………ホントに…?それ、ホントに俺……?」
「あぁ。まだ名前もうまく言えなくて、『ツッくん、ツッくん』ってくり返し叫んでたけどな」
くくっと笑うハヤトの瞳が懐かしいものでも見るように眇められる。
「きっとさ……、おまえの記憶はその辺に落ちてんじゃねーか…?
……まぁ、だいたいの目星は付いてるけどな……」
「………そうなの?」
「……ん。
――…明日さ、その話をしに上司んとこ行って来っから、明後日の送り火が終わったら、ちょっと抜け出してこいよ。
家まで迎えに行くからさ」
「………うん」
ゆるく抱きしめられていると、ハヤトの吐息が耳にさわって、とてもくすぐったかった。
(………いまさらだけど……、やっぱりこれって、恋、なんだよね……。
男同士、って言うことだけなら、俺いくらでも頑張れる気がするけど………、
本当に、神様の御使いと人間の恋なんて、許されるのかな………?)
不安になって背後を振り返れば、弓なりな目をしたハヤトと視線が絡まって、ふっと優しく微笑まれた。
「――――…」
(………ハヤトが平気なら、……きっと、大丈夫だよね……?)
綱吉は身体に絡むひんやりとした腕に、己の腕をゆるく絡めた。
月明かりの下、橙色の提灯に照らされた眼下の町には、御輿と一緒に練り歩く人々の声と、
いつかと同じ祭囃子の音が、絶えず響いていた。
―――……綱吉がすべてを知るまで……、あと二日…。