とっぷりと日が暮れた夜7時。
山頂にある境内入り口へと辿り着くと、普段の町の様子からは想像出来ないほどの大勢の人々が、
それぞれ思い思いに祭りを楽しんでいた。
四方八方に張り巡らされた橙色の提灯が空を駆け、祭りの屋台が鳥居の下から稲荷山西側の車道の一番下まで
続いている。
「――…うわあぁぁ、すごい……!!」
「もう少しでお祭りの山車が出るわよ。
山車はね、お山を下って町の中を練り歩くから、お山に上らなくても見られるのよ」
「…へぇぇ!すごいんだね、こんなに活気があるなんて思わなかったよ」
ふふふ、と笑みをもらす祖母を興奮した瞳で見上げれば、彼女はさも楽しそうに「そうでしょ?」と笑った。
「この町に住む人たちはね、とってもこのお祭りを愛しているのよ。皆誇りに思っているわ。
だから普段は町を離れている若い人たちも、祭りの日になると必ず町に帰ってきてお祭りに参加するのよ」
「……ふぅん、だからこんなに人が多いんだ……」
「昔はあなたのお父さんも毎年帰ってきて参加していたけれど……、今はお仕事が忙しいんでしょうね。
なかなか会えなくなっちゃったわ……」
「………おばあちゃん……」
「でも今年はツナちゃんが帰って来てくれて、おばあちゃんとっても嬉しかったの。
また来年も待っていますから、よかったらおばあちゃんに会いに来てくれるとうれしいわ」
「うん!」
「――……じゃあ、私はこのあたりにいますから、ツナちゃんはお買い物をしてらっしゃい。
8時には帰ってしまいますからね。一緒に帰るのであれば、それまでに戻ってきてね」
「わかった。じゃあ、行ってきます…!」
綱吉はひとつ大きく頷くと、祖母に小さく手を振りながら、人々でごった返す渦の中へと消えていった。
「……ハヤトを探さなくちゃ…!」
まずはあそこに行ってみよう。
綱吉はいつも彼が綱吉を迎えてくれる、あの小さな狐の石像をめざして境内を進んでいた。
田舎の神社とはいえ、かなり広い面積の境内には、祭りついでにお参りにやって来た人々の波が
四方八方から押し寄せてくる。
「…うわぁ…、すごい人!こんなに人が多くて、ちゃんとハヤトに会えるかなぁ……」
Tシャツの下に隠してきた首飾りを布越しに握りしめると、それがほのかに熱を持った気がした。
きょろきょろと首を巡らせながら人混みをかき分けて行く。
すると――、境内右の杉の根元あたりで、何かがチカリと輝きを放った気がした。
「………ん?」
(……あの辺りは…、確か…)
綱吉はゆっくりと地を蹴ると、次第に速くなる鼓動にまかせて駆けだした。
「――…わっ!ごめんなさいっ!」
途中、浴衣姿の女の子と肩がぶつかってしまい、綱吉は振り返りがてら慌てて頭を下げたが、
足を止めることはせずに先を急ぐ。
(―――…あっ!あった…!)
すると左右に人混みが割れたその間から、ひとまわり小さな狐の像が姿をあらわした。
必死に人混みを除けながら、わき目もふらず、まっすぐに駆けてゆく。
そして勢い余って半ば衝突するようにそれに抱きつくと、綱吉は身体を折り曲げて肩で息をした。
日が落ちて、だいぶ涼しくなったとは言え、まだ真夏の気候だ。
はぁはぁと肩で息をする綱吉の額からは、汗のつぶが筋になって、つつぅっと流れてゆく。
(………ハ、ヤト、は…? ………さっきの光はたぶん…)
石像を支えに辺りの様子を見渡そうと、軽くめまいを覚えた頭を上げようとした瞬間…――、
「――…!!?わあっ!」
背後から伸びてきた、冷たく強い力に腕を引っ張られて、綱吉はぐらりと身体を傾がせた。
「――シッ!」
石像の後ろに引っ張り込まれ、厚い胸板の中にすっぽりと収まってしまった綱吉の耳に、
聞きなれた声音で「静かに」と囁きが落とされた。
(……!)
しかもふいにぎゅぎゅぎゅぎゅ〜っと力を入れられたものだから、綱吉は呼吸が出来なくなって、
自分を戒めている相手の背中を力の入りきらない両手で、ぽこぽこと力の限りに叩いてやった。
「! 痛てっ…!っ、あはは、って、痛てっ!おまえ、おもいっきり叩くなよな…!」
「ぷはぁっ…!!
そっちこそ一体何してくれてちゃってんの…!?」
ゆるんだ相手の腕を、ベリッと音がしそうなほど手荒く引き剥がす。
すると目線の少し上あたりで、ハヤトが目に涙を溜めてケラケラと笑っていた。
そんな彼におもいきり頬をふくらませて抗議すれば、
「うそうそ、ワリぃ。ちょっと驚ろかしてやろうと思っただけ」
と優しく抱きしめられて、思わず頬に朱が走った。
(………うぅぅ…、反則だ。こんなの………)
そう悪態を付きつつもやっぱり彼の腕の中はひんやり気持ちがよくて、安心感に思わず額をこすりつければ、
「くくっ」と頭上から小さな笑みが零れてきて、ますます羞恥で顔を上げられなくなった。
きっと真っ赤に染まっているだろう耳を優しく指の腹で撫でられて、
「――ンっ…!」というおかしな声と共に、ぶるりと背筋に電気が走った。
わけの分からない感覚におそるおそる顔を上げると、わずかに驚いたような灰緑と目が合って、
小さく首をかしげてみせれば、手で口もとを押さえたハヤトにおもいきり視線を逸らされた。
「――……、ハヤト…??」
「―――……いや、何でもない……。
…………ただ、案外子供じゃないんだな、と思っただけだ……」
彼の口調はやけに小さくか細かった。
「……?こども……?」
「……いや、何でもない…。
――…それより、今日は祭りを堪能するんだろ? 行こうぜ」
ちゅっとひとつ、不意打ちのように額にキスを送られて、綱吉の頬がさらに染まった。
するとそんな綱吉に、ハヤトは満足したかのように瞳を三日月形に歪め笑う。
そして、ひとまわり小さな右手に指を絡めると、ハヤトはその手を引いて堂々と人混みの中を歩き出した。
「――…えっ?…ハヤト、ちょっと…!」
「別にいいだろ?誰も俺たちのことなんて気に止めやしねーよ」
ニカッと笑んだその悪戯そうな顔に、ドキンと大きく心が跳ねた。
(……うぅっ、なんか俺、もうダメそう……)
こんな風に人前で手を繋いだのははじめてだ。
(……しかもコレ、恋人つなぎってヤツじゃないの……!!?)
バクバクと暴れて言うことをきかない心臓に左手を添えると、そのすぐ脇にある首飾りが
同じように鼓動を刻みながら、熱く熱を持っているのがわかった。
きっと視覚で確認すればぼんやりと淡く輝いているのだろう。
(……パーカー着てきて良かった…。Tシャツ一枚じゃ、絶対透けて見えちゃうよ)
綱吉は繋いでいない左手を器用に使って、パーカーのファスナーを首飾りの隠れる位置までおもいきり上げた。
(きっとハヤトにはこんなことバレバレなんだろうけど……)
ちらりと横目で彼を見上げれば、当の本人はそんな綱吉を気にする気配も無く、目の前に並んだ屋台の食べ物に
淡い色の瞳を輝かせながら、おもいきり顔をしかめていた。
「…ぐ、ぐぅ……。あの焼きとうもろこしもイカ焼きも捨てがたい…が、向こうの方からヤベぇそそられる匂いが………」
などとひとりごとにはだいぶ大きなつぶやきを漏らしている。
しかもその頭と腰のあたりに本来見えてはいけないのものが一瞬見えてしまったような気がして、
綱吉は大きく吹きだした。
「…ぷははっ…!ぜんぶ食べればいいじゃん…!!せっかくだしいっぱい食べようよ!
俺わたあめ食べたい…!」
「――…はぁぁ?わたあめだぁ…?もっと腹に溜まるもん食えよ」
「あっ!あとりんご飴も!」
「んなの糖分補給にしかなんねぇだろ」
「いいんだよ、俺はハヤトが買ったイカ焼き貰うんだもん!俺のわたあめも半分あげるから!、ね?」
「――…ね、って、…んだそりゃ」
「いいじゃん! ……あっ!それより先に射的やらない?俺お面も欲しいな、きつねのやつ!」
「……はいはい、順番にな…」
先程までとは逆にぐいぐいと腕を引っ張られながら、ハヤトはさも可笑しそうに笑った。
目の前にある、淡く輝くような笑顔と、遥か昔の懐古の情景を、その瞳に重ねながら……―――。