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 アイコン あの日、夏の日。

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   超完全パラレルで、お狐様の獄寺くんが出てきます。

 ライン ライン

それから数日、綱吉は毎日のように稲荷神社への長い階段をのぼり、隼人に会うために出掛けていった。

訪問は示し合わせたものではなかったのだけれど、何故だか彼に綱吉の行動は筒抜けで、

赤い鳥居の下をくぐると必ず、隼人は石の狐たちの前で綱吉を待っていた。


そして今日も―――。


太陽が真上にくるちょうどの頃。

いつもより小1時間ほど早い刻に、息を切らしながら鳥居をくぐった綱吉は、

石の像の前で腕組みをしていたその人影を見止め、急ぎ足で駆けよった。

「――――ハヤトっ!」

汗が額を滑り落ちていく。

今日も真上では太陽がじりじりと地上を照らし出していた。

彼は形の良い瞳を三日月型にすると、駆け寄ってきた綱吉に左手を差し出した。

「―――おう、早かったな」

ここに着くまでは肺をも焼くようなじっとりした暑さと、騒がしいほどの虫たちの鳴き声を感じていたのに、

境内の中ではそれが少し和らいで、ひんやりとした空気が皮膚の上を撫でて行った。

木々の合間から洩れた光が、隼人の頬をキラキラと照らし出す。

彼は瞳を煌めかせ頬を高揚させた綱吉を迎えると、白い指先で汗に濡れた前髪をさらりと払った。

「そんなに急がなくてもちゃんと待っててやるよ」

くすりと笑みを浮かべて「何か用でもあったのか?」と聞いてくる。

「…あぁ、うん。特に急ぐ用事は無かったんだけど……。

―――ホラ、これ。今日は一緒にお昼ごはん食べたいなぁと思って、おばあちゃんにお弁当作ってもらったんだ」

手に持っていた紙袋をかざして笑めば、彼は一瞬きょとんとした表情をしたけれど、すぐに楽しそうな顔になった。

「―――なんだ、そう言うことか。

それならとっておきの場所があるから、そこで一緒に食べようぜ」

いつものように自然な仕草で右手を取られて共に歩き出す。

彼の歩みは綱吉に合わせてゆっくりで、ふたりの身体は自然に寄り添い合った。

綱吉は彼の指先に自分の指を絡めると、きゅっと少しだけ力を入れて握り返す。

ひんやりとした彼の手は、今日もさらさらと冷たくてとても気持ちが良い。

綱吉はこの手が好きだった。

いつも自分を導いてくれる、あたたかい手。

ずっと離したくないと思わせる、優しく儚い指先。

繋いだところから彼の心が伝わってきそうだと、心の臓が強く音を立てていた―――。



隼人は本殿脇の裏道を進んで行くとそのまま木々の間を突っ切って、光の溢れる空間のひらけた場所に綱吉を案内した。

そこは南東の町を見渡せる、小高い丘の上だった。

(………あれ? 稲荷山にこんなところあったっけ?)

不思議に思い辺りを見渡すと、ちょうど視線の上の方に稲荷神社の本殿と思われる建物が見えた。

手を引かれて歩いたのはほんの5分かそこらだった筈なのに、だいぶ遠くまで歩いて来てしまっていたようだった。

それに坂道を下った記憶も無い。

(……………?)

綱吉が不思議そうに隼人を見ると、彼は「近道、近道」と少し妖しく微笑んで、目の前の景色を指差した。

「ほら、着いたぜ」

そこには今までに見たことも無いような大きな桜の木が、緑の葉を青々と輝かせてふたりを見下ろしていた。

「―――うわぁ、すごい…!」

「もう300年くらい前から立ってる木なんだけどな。

―――まぁ、俺の古い知り合いみたいなもんだ」

そう言って綱吉の手を引き、桜の木の根元にどっかりと腰を据えた。

「ホラ、お前も座れよ。涼しいだろ?」

「…う、うん」

綱吉は少しだけ躊躇したが、彼にならってその隣に腰を下ろす。

……一瞬、何かの視線を感じたような気がしたのだけれども、気のせいだったんだろうか……?

(―――確かに、誰かに見られてたような気がしたんだけど……)

しかし自分よりずっと鋭いはずの隼人が何も言わないのだから、たぶん、気にすることは無いのだろう…。

綱吉は祖母が用意してくれた包みを漁ると、ふたり分の弁当箱を取り出した。

「はい、これ。ハヤトの分ね。おばあちゃんのごはんすごく美味しいから、きっと気に入ると思うよ」

竹かごで出来た飴色の弁当箱には、にんじんやごぼう、鶏肉などをを甘辛く煮込んでご飯に合えた五目おにぎりと、

ほうれん草を巻き込んだ出汁巻き卵、鰆の塩焼きなどが詰め込まれていた。

隼人はそれを見て、きらきらと目を輝かせている。

「おおっ!スゲー美味そうっ!やっぱ洋子ちゃんの手料理はたまんねぇな。

この握り飯、おれすげー好物なんだよ」

そう言って軽く両手を合わせると、彼は弁当箱からおにぎりをひとつ取り出して、後ろの桜の木の根元にそれを供えた。

「あっ、綱吉。この茶も一杯もらっていいか?」

ポカンとその光景を見つめたままの綱吉に微笑むと、隼人は水筒に入れてきた麦茶を一杯分だけコップに移し、

木の根元に掛かるように撒いてしまった。

「これでよし。――じゃあ食おうぜ」

にっこりと微笑んで、早速卵焼きに手を伸ばしている。

………何と言うか聞きたい事は山ほどあったのだけれど、この人と一緒にいる時点でそんなの今更かもしれない、

と綱吉はなかば諦め気味に思った。

仕方なく自分も食事を開始すると、隼人は思い出したように顔を上げて綱吉を覗き込んできた。

「―――なぁ、お前。この町に伝わる夜咲き桜の伝説って聞いたことあるか?」

握り飯をパクつきながら、何気ない様子で話を振って来る。

「…………ヨザキザクラ……? ううん、聞いたこと無い」

素直に首を横に振れば、彼は目を細めて綱吉の顔を見、ふふっと柔らかく微笑んだ。

「そっか……。

―――なぁ綱吉。今晩いいもの見せてやるから、後で俺とまた会わないか?」

「…………? えっ、後で…? …………もしかして夜に会うの?」

訝しげな表情を浮かべた綱吉に、彼はちょっと悪戯そうな視線を寄こすと「そうだ」と首を縦に振った。

「えぇっ、いいよ。俺暗いの苦手だし。……あんま外出たくないもん」

小さな頭をぶんぶん振って眉をひそめる。

しかし彼は依然笑みを浮かべたまま、

「今晩は月も出るし明るいから大丈夫だろ?

洋子ちゃんが眠った頃に迎えに行ってやるから、生け垣の前で待ってろよ」

と、勝手に話を進めてしまった。

「…えぇぇぇ〜」と批難の声を上げる綱吉の声など、すでに隼人の耳には届いていない。

(…もうっ……、ホント勝手なんだから………)

人の話を聞かない隼人に少々むかっ腹を立てたが、「弁当ついてるぞ」と頬についた米粒を唇ですくい取られてしまえば、

綱吉はもう恥ずかしいや何やらで完全に思考が停止してしまったのだった。



……そんな仲睦まじいふたりの姿を、風に木立を揺らした桜の木が見下ろしていた。

くすくすとまるで笑うような音をさせながら…………。





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